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19世紀を代表するロシアの文豪、トルストイの後期中篇作品。
病にかかった一裁判官の、死を前にした恐怖と苦悩と葛藤を描いた「イワン・イリイチの死」、妻を殺した男の、性的欲望に関する独自の理論を展開した「クロイツェル・ソナタ」を収録。
望月哲男 訳
出版社:光文社(光文社古典新訳文庫)
僕はトルストイの良き読者でもないのだが、こうやって読んでみると、文豪と呼ばれるだけあるな、と感心する面が強い。本書に収められた「イワン・イリイチの死」、「クロイツェル・ソナタ」ともに、1世紀以上経過しているにも関わらず、深く僕の心に訴えてくるものがあった。
たとえば「イワン・イリイチの死」。
この作品の話自体はシンプルだ。ひとりの男が死の病にかかる。その際の心理描写と周りの状況とが描かれている。極論すればそれだけだ。
しかし、その描写の様はあまりにリアリスティックだ。
臓器の病気という認識から、死という言葉を明確に意識する面。希望と絶望の交互に現れる不安定な感情。他人への愛情を求める様相。生者が健康な肉体を持ち、自分の生活を優先することへの憎悪。自分の人生を振り返っての混乱。そしてラスト付近での穏やかな許しと死の受容。
とにかくその描写は圧倒的である。人が死を前にする上で直面するであろう主題がそこに展開されている。そしてそれはあまりにリアルで、読んでいる最中はわが身に重ねて読まずにはいられなかった。
そんな心情を呼び起こすだけでもすばらしい作品であろう。
一方の「クロイチェル・ソナタ」。
こちらは、「イワン・イリイチの死」のような普遍的なものとは少し違い、主人公の独特の論理が展開されている。乱暴に要約するのなら、すべては性欲に帰結するっていうところだ。
基本的に主人公の男性は愛を信じきれていないのだろう。しかしそれでいて妻に対する嫉妬の感情をもっているから、ことは厄介なのかもしれない。
僕は思うのだけど、この語り手は相手の女性のことが本当に好きで、それを完全に独占したいと思っているように見える。でもそれも簡単にいかないから、過剰な論理で自分をごまかしているんだって気がする。
そのために、その独自性というか、妄想というか、思い込みというか、自意識が客観的な観点との間に極端な落差を生じるに至っているのだ。そしてその落差こそが非常におもしろいのである。言っては何なのだが、僕は読みながら笑ってしまった。
僕はこの中の論理には何の興味も惹かれないのだけど、そのユニークさは単純におもしろかった。
しかしこの2編を読んでると結婚ってのが非常に面倒かつ厄介なものに見えてしまう。結婚願望はあんまりないけど、こういうのを読むとよけい結婚する気がなくなってしまう。
ああ親は泣くなぁ。
評価:★★★★★(満点は★★★★★)
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